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豊臣兄弟 羽柴栄華夢噺

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豊臣兄弟 下から目線?の木下栄華乃夢噺

豊臣兄弟 下から目線?の木下栄華乃夢噺

2025/10/26

先日、伺ったお客様から大河ドラマの記事、読みましたよ。と、言われたので、調子に乗って、来年度の2026大河ドラマ豊臣兄弟の事を書いていきたいと思った次第であります。

 

来年度は、戦国時代末期の昔話。織豊期の熾烈な権力闘争。幕末と並び、人気のある時代背景だけど、豊臣さんの話は出尽くした感もあり、時代を彩る英雄がたくさん登場すると思われる中、今まであまりクローズアップされなかった秀吉さんの弟さん視点、という事を考えると、下から目線???で描かれるのでしょうか?

 

個人的には、愛知3英傑の中でも羽柴のお兄さんは、正直、あまり好きではないです。

特に、本能寺の変前後の動きが野心的で、非常に怪しい。

 

しかも、1585年(本能寺の変3年後)に家臣、脇坂安治さんに宛てた書状には、

【原文】秀吉の御意に違う候輩、信長の時の如く少々拘え候へとも苦しからずと空だのみし許容においてはかたがた曲事たるべく候

【現代語訳】秀吉の意思に背く者ども、信長の時代のようにかくまっても許されると思い込んでいると処分する

大恩ある主君を、たったの3年で、不敬にも名前で呼び、しかも呼び捨て。かなりの上から目線。やな感じ。しかも、信玄公にも謙信公にも同様な不敬態度の記録が残る。

 

以前も書きましたが、他にも本能寺の変の誘発要因を戦略的に行っていた節が、かなり垣間見える。

また、今度、そんな気になるところも書いてみたいと思います。

 

特に、本能寺の変後、天下簒奪に迷い無く駆け上がる暴走スピード、車に例えるなら、兄がアクセル全開なら、秀長さんは、調整ブレーキ役の内の1人。もう1人が千利休さん。吉アクセル×長・休ブレーキ。2人が中心になり、狭い茶室での談合などで強烈な推進力を道からそれない様に調整し、寄り合い所帯の政権内を按配よく調整しながら、ブレーキをかけていたんではないのかな?という役割だった気がします。

 

1590年、戦国最後の難敵、関東の雄・北条氏滅亡、同年8月に織田家当主・信雄さん改易、翌年2月に秀長さん、同年4月に利休さん、2人が連続して・・・、古文書云々カンヌン等だけでなく、1594年には織田家一門衆で序列3番目だった信包さん改易・・・、序列1番の信忠さん、2番の信雄さん、歴史の川の流れを想像してみると・・・。

 

派手好きイケイケの秀吉さん、軋轢を緩和しながら表側で支える秀長さん+侘び寂び茶室内、地味に裏側で支える利休さん。そんな真摯に向き合う2人の姿勢が豊臣政権の縁の下の力持ちだった気がします。

しかしながら、そういった2人の控えめな才覚、バランス感覚に優れた真摯な姿勢が、ヒデさんの癇に障り、結果的に悲劇に繋がっていった様にも感じるのでありますが・・・。

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