家工房千賀

標準語で話しているとは思わないけど、方言を使っている認識もない。

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標準語で話しているとは思わないけど、方言を使っている認識もない。と思っていましたが・・・。

標準語で話しているとは思わないけど、方言を使っている認識もない。と思っていましたが・・・。

2026/05/07

ところ変われば、なんとかで・・・。

普段、標準語で話しているとは思わないけど、方言を使っている認識もない。という事に改めて気が付いた出来事を書いてみたいと思うのであります。

 

GW期間中に身内の結婚式出席の為、横浜に行って来ました。

横浜駅から慣れない道をナビ片手に歩き、ようやく到着した時、持参したバックを指しながら『〇〇こん中に入っとるだら。』『そう、そん中。』

そう会話しただけなのに、それを聞いてた式場の社員さんの方が、にっこり微笑みながら『懐かしいです。三河弁ですね。』と。

『えっ、三河弁?ん?言いました?』『はい。どちらからお見えなんですか?』

『豊橋です。どちらのご出身なんですか?』『豊田です。ここで、久しぶりに聞きました。』と。

たわいもない会話ですが、離れた土地で馴染みの土地の方に会うと親近感が湧くし、同郷の車ナンバーを見ると、なんか嬉しい。なんだろね?

そう言えば、わが県、なんか自治体名、市や町、村に『豊』が付く地名が多い。

豊橋、豊田、豊川、豊明、豊山、豊根、人物なら豊臣秀吉。

おっと、今年は秀長でしたね。秀長さんは尾張とか奈良のイメージかな?

 

方言というのは、自分自身では、わからんもんですよ。ただ、ん?と思ったこと。

三河と言えば、大河ドラマにも出演頻度の高い家康さん。

東京、以前の江戸。入り江の入口(扉、戸)が名前の由来。当時の首都(京都)機内から見れば郊外の湿地帯。

小牧山の戦で酷い目に合った秀吉さんに先祖代々の領地・三河から、ていのいい理由で転封させられ、意図的に遠ざけられて(この時、織田信雄さんも先祖代々の尾張から旧徳川領の三河へ転封させられそうになったのを拒否したからお猿さんを怒らせて追放、織田家埋没を招いた。)その地で埋立整備、制度改革による人口流入、平穏な時代到来、江戸文化の開花へと繋がり、結果、巨大経済圏の礎を築いたのが、家康さんと取り巻きの徳川ブレーン。

 

という事は、標準語と言われるのは、そもそも三河弁が基軸だったのでは?とも言えなくもない。三河弁が訛ったものが現在の標準語なのではないか?いや、そうに違いないのだろう。きっとそうだ。

そういう事だったのか!!源流だったんですね。

なるほど。ふむふむ。むしろ訛っているのは標準語の方だったんだ。とか、都合よい解釈、たわいもない事に思いを馳せながら・・・。

冗談です。この辺にしときます。『いい加減にしろ』の声も聴こえて来そうで、真面目に、ど叱られそうなので。

 

ただ、三河弁の訛ったものが標準語に進化した説も、もやぶさかではない。とも思う。

違う視点で具体的に考察するなら、TOKYOと被る地名も多い。豊橋だけでも町名なら大崎町、上野町、有楽町、大手町、地名なら大塚、新橋、五反田等々、他にもまだまだ、あると思いますが、他の三河全体の地名含めれば凄い数だと思う。

魁の電信機が、スマートに洗練され、スマホに進化した様な感じ?三河弁がデジタル化され標準語にアップデートされた様な感じ?異論反論意見等諸々あると思いますが、あくまで自論なので、あしからず。

 

※追伸

横浜なのに何故?東京なんだ?と感じる方もいると思いますが、はっきり言って、わたくしの様な田舎者から見れば、地理的にも路線であっちこっちと繋がってるので、横浜でも千葉でも埼玉でも周辺地域は東京と大差を感じない。実際、東京ディズニーランドって言ったって浦安なんだし。尾張=名古屋みたいなもんですよ。

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