目覚め
2026/04/23
春になり、つくしが芽吹き、熊も目が覚めてきた様ですね。
熊との共存なんて出来ないんだから、人間もそろそろ目を覚まさんと・・・。観光客の外国人から見たら日本人の熊への配慮は、奇妙でヘンテコに見えるんじゃないのかな?
専門家の方が、云々カンヌン言うけれど、シンプルに、人の数が減り、熊の数が増えただけ、だと思うし。と同時に、山の自然を食べていたのが、勇気を出して山を降りて、おそるおそる残飯や果樹、飼料を口にしてみたら、なんじゃこりゃ、吃驚仰天、思いの外、美味かった。
残飯なんて、よく考えりゃ当たり前ですよ。外人さんが美味い美味いって、わざわざ日本旅行に来るぐらいなんだから。その残り。食わず嫌いの目覚め。猿の惑星ならぬ、熊の覚醒。
熊にとって、人が生まれて初めて食べるケンタの衝撃みたいなものだったのだろうと想像する。
身の危険を顧みず任務に当たる猟友会の方々を増員して技術を継承しながら、移住手当とか、危険手当を、しっかりお支払いして大量駆除、熊一味の殲滅、″人にとっての″山の平和を取り戻していかないと、より大変な事態になると思う。
街に下りて来たから駆除じゃなくて、山ん中でも徹底的に駆除。数が激増してるんだから昔以上の頭数を、原因は元から改善しないと駄目だと思います。そもそも人は、命の選択をした上、都合良い理屈を付けて他の種族を食べて生きている。熊と一緒で雑食ですね。しかも、ヴィーガンの方もいるけど、どちらかと言えば、わたくしも含め、焼肉やすき焼き、吉野ホーム、煮魚等、肉食を好む人が多い様に感じる。山でも海でも空でも食べれるものは、なんでも食べちゃう。自然に生きる動物の立場で考えれば戦国時代と変わらない修羅の国。人間は熊以上、T -REXと似た様なもんかも知れないですね。一体、1日何匹の命を頂いているのでしょう?煮たり、焼いたり、刻んだり。
そうは言っても人には理性はある。個人的には、ツキノワグマについては、ツチノコとか河童、ニホンオオカミみたいに、いるのか?いないのか?やっぱり、ここにはいないのか?的な位に減らした方がいいと思う。
最近は野良熊も山から降りて来ては、修羅場オサラバと頑張っている。
だからこそ目にモノを見せてやらんと。人間の圧を。例えるなら、まんが日本昔話に出てくる山ん中で迷子になった時に出てくる山姥的な恐怖感。山を降りたら平和があると思っていたら、必死で追っかけて来る山姥出た。仕方なく、山に戻ったら今度は饅頭が置いてある。ドゥークー入の。そう、山犬がいなくなった様に。鹿が、狸が、カモシカがとか、云々カンヌンとか言い出す人いるだろうけど、まず、人間優先ですよ。獣は、二の次。豚、牛、鶏、イカ、タコ、魚介、切り刻んでムシャムシャと食べまくってんのに、ゴキブリ、蚊、ハエとかは、ドゥークーを否応無しにシューなのに、今更何言ってんだっちゅうか、なんちゅうか。美味しい餃子の中にも命が刻まれて入ってますよ。
日本の山ん中では、山熊は無敵、天敵だった筈の人間は、ヌルヌル。ヘンテコな差別の蔓延。カップラーメンに例えるなら延びてコシが無くてヘニャヘニャ、歯応え無くボソボソで食感無し、不味くて食っちゃおれんほどですよ。汁無フニャ麺フードロストワールド。山熊は獣だもの。
手ぬるい対応をして来たツケ、今までの山熊ハラスメントは異常だよ。害獣は絶滅させる位で丁度いい。というと、そんな極端なという声が聞こえて来そうだけど、気骨の例え話。
北風と太陽じゃないけど、羆嵐と人間。エアコンをバンバン使って快適を謳歌する、雑草もない綺麗な舗装された道路をスイスイ走る。熊にとってみれば、室外機からの熱波や排ガス温暖化、もうちょい何とかならんかん。こっちゃー毛皮ボーボー、暑くてたまらん、足の裏は熱いし、爪もイタイし。もうちょい環境やさしくしてよ。頼むぞん。そんな感じだと思う。
しかーし、あくまで人間側。猛獣には厳しくいかんと。ニャロー侍魂ですよ。危険極まりない猛獣。日本の山の中では無敵の獣。山の奥深くで、ひっそりと過ごせる熊の楽園みたいな平和な世界があるといいけども・・・。もし、本州に熊がいなくなったとしたら?実際に、いなくなった九州、極端に少ない四国、いなくても地球は回る。自然環境が、なんて事は、側から見た都合の良い評価でしかない。と思う。為せば成る為さねば成らぬ何事も。
上杉的羊羹。饅頭でなくとも、羊羹でも、いいんでないかん。
イメージは、ネッシーとか、ビッグフット。
熊が出た。じゃなくて、熊を見た、河童見た的な嘘こくな‼︎みたいに珍しくなるくらいに。熊を見た、という奇人出た。という認識になるくらいに。
可哀想だとは思うけど・・・。にんげんだもの。


