戦国スターウォーズ エピソード2 西部戦線異常あり ジィダイの復讐
2026/06/04
(前回の続き・・・、です。)
関ヶ原の戦いが天下分け目と言いますが、政権瓦解状況や旗頭比較を考えた時、背景含めて少し見劣りする気もします。そして、歴史の揺り戻しの戦いの様にも感じます。関ヶ原から遡ること17年前、より重大な方向性を決定付ける天下分け目の大戦があった。規模云々関係なく、2つの大決戦。
初戦、第一次大戦 賤ヶ岳″織田政権継続か否かの争い″(織田家の主導権争いに便乗した羽柴謀略戦)
再戦、第二次大戦 小牧長久手″織田復権vs羽柴簒奪″(織田家への下剋上、徳川排除に向けた羽柴野望本戦)
両戦共々どちらに転ぶか?の主導権争い。潜在的野心を段階的大胆に顕在化させてきた羽柴さんが画策する″正真正銘の天下分け目の戦い″であった・・・、という様な感じだと思います。
賤ヶ岳時の信雄さんは凡庸であり、徳川さんはしたたかで、小牧山時の徳川さんは義理堅く、信雄さんは罪深い。様々な一面が垣間見える。環境の変化への対応力の差が出ている事に気付きます。
並み居る猛者達を天才カリスマが、苦労の末、鎮めた後、天下布武完成直前、盤石体制へと向かう絶妙なタイミングで、ここがラストチャンスとばかり、火事場泥棒的な羽柴さん登壇。入念な準備完了、起こるべくして起きたクーデター。起きた場所が、たまたま本能寺だっただけ。仮に本能寺の変がなくても姫路に向かう途中の何処かで似た様な事件が起きていた可能性が高い様に思います。
そして、仮にニ条御所の信忠さんが無事逃げ延び体制を整えたとしても湧き上がり、燃え上がる強欲、漲る野人魂、獣の本能。馬の骨から関白になる位の野人の咆哮『山賊王にオレはなる!!』的勢い。ドゥークー使用とか?羽柴さんの″何が何でも感″的、執念には家督継承済みといえ、信長さん後のプリンス信忠さんでは、まだまだ経験不足。道徳心皆無の老獪で狡猾な羽柴大猿には勝てないでしょう。
中央集権型vs地方分権型の戦いでもあり、くしくも信長さんの思考を一番理解していたのが、人でなく野人、獣であった事。悲しい結末になりましたけど。″本能の獣の変″こそが、本能寺の変を含む前後の潜在的な工作活動。だったのだろうと思うのであります。
毛利さん窓口で交渉役だった安国寺恵瓊さんの信長さん評
『信長之代、五年、三年は持たるべく候。明年辺は公家などに成さるべく候かと見及び申候。左候て後、高ころびに、あおのけに転ばれ候ずると見え申候』
普段会ってない人の気付きより劣るかな?普段直接、無理難題を受けている鋭い秀吉さんが気付いていない訳がない様に思う。
『西部戦線異状なし、報告すべき件なし』こんな感じで、信長さんには報告をあげていただろうから。パウルの様な青年兵もたくさんいたんだろうと想像する。
織田政権天下布武目前時に風前の灯火、滅亡寸前だった上杉さんは後の豊臣政権五大老のポスト、同じく強烈な圧迫を受けヘロヘロの毛利さんも同じ五大老ポスト、武田さん滅亡時に甲州征伐共闘の北条さんは、豊臣政権の小田原征伐で滅亡。上杉、毛利、北条、3強国の運命。信長さんビジョンと真反対の対応をしたのが分かる。
しかも、織田家中は妹さん、息子さん、お孫さん共々自刃や処刑、批判を避ける為に秀信さんだけ微妙な立場に据え置き。しかも、お孫さん元服時に信長さんの通字上に秀吉さんの秀。
何が言いたいかと言えば、信長さんの宿敵を重用し、織田家含めた北条さん等の晩年織田色を一掃しながらも織田家の血脈を取入れながら正当性を練り上げ、政権簒奪した狡猾戦略。反信長の残党団を最重要ポストに登用、信長さん同盟者だった徳川さんへの楔、対策である様にも見えます。
平定直前の織田政権から見た時、すったもんだの末、豊臣簒奪政権は獣の法則で自ら瓦解、頓挫し同盟者だった徳川さんに後の長期政権が訪れた。一連の流れは羽柴さんの癖と傾向が現れ、なるべくしてなった。対する家康さんは、義理を果たしながら連続する苦渋決断、辛酸の中から磨かれた胆力、コツコツ準備は勿論のこと、天の導き、自然の成り行き、列国連盟の後押し、時の流れに身をまかせ的なコトの顛末だったのかも?知れません。
度が過ぎた傍若無人な野人の振舞いに天誅が下った様なもんですね。
戦国終盤の政権変遷。織田天下布武ほぼ完政権→羽柴簒奪暫定政権→織田同盟雪辱徳川政権成立。という流れ。信長さんが義昭さん奉じて上洛から家康さんが征夷大将軍宣下される迄の約35年程度の中で起きた様々な出来事。(現代に合わせると、平成3年〜令和8年の間に起きた出来事の数々。スマホもない中、手紙のやり取りで馬での情報伝達。そんな中、かなり濃密な時代の変遷です。)名門や格上強者の面々がひしめき合う時代の中で、どちらかと言えば弱者同士なりの安保体制を整え築き、荒れた戦国を平らげた織田徳川の同盟が実を結んだ印象ですね。途中で、お猿さんが檻から飛び出して暴れたけれど、結局、いい按配に納まった様な感じなのかも?織田羽柴徳川、三英傑の辿った足跡。
ここまで書いてきて分かると思いますが、個人的な3英傑の捉え方は、信長さんは好きで、家康さんも何となく好きで、羽柴さんは嫌いです。と言うより大嫌いです。やる事が人でなく獣だからです。戦国時代の似た者同士かも知れませんが羽柴さんは、より酷い。
一例を挙げれば、大恩ある主家に対して本能寺の変の後、たった10ヶ月で恩人の息子・信孝さんを自刃に追い込み、信長さんの側室とお孫さん共々磔に、戦国の習いとは言え、度が過ぎたろくでなし。
小牧長久手の決起に向けて、徳川四天王の榊原康政さんも言っている。
『それ羽柴秀吉は野人の子、もともと馬前の走卒に過ぎず。しかるに信長公の寵遇を受けて将師にあげられると、その大恩を忘却して、子の信孝公を、その生母や娘と共に虐殺し、今また信雄公に兵を向ける。その大逆無道、目視する能わず、我が主君源家康は、信長公との旧交を思い、信義を重んじて信雄公を助けんとして決起せり。』
檄文としては後世の創作の可能性も?と言われているが、起こした行動は事実。ふるまい自体が、その当時、その様に見えていたから、だろうから。
羽柴さん評は、大きく3期に分かれている気がする。無理難題に耐え必死に仕える粉骨砕身期、城持ち後の野望覚醒と政権簒奪期、主家乗っ取り後に暴走する政権瓦解期。どの時期で評価するかで人物像が大きく変わる。やはり近江での城を持った事が、羽柴さんだけでなく日本史としても、大きな分岐点になった様に思う。
近江の基盤。もし、浅井さんが重大な局面で違う決断だったなら、信長さんの信頼、地の利、近江の影響力を考える時、また色々と違う大きな展開に繋がった様にも感じます。浅井幕府とかもあったかも?歴史にifは、ありませんが・・・。
【 Fin 】
※追伸
豊臣兄弟、ドラマとしては大変面白いのですが、実際の所業と後世のイメージとは大きくかけ離れている気がします。なんで、今の様なイメージ形成になったのか?ちょっと摩訶不思議。

